焼酎は、昔から日本で親しまれてきたお酒ですが、いつ頃から庶民の間で楽しまれていたのかについては、色々と諸説がありはっきりとした事は分かっていません。
しかし、室町時代には、すでに庶民の間で楽しまれていたようです。
伝わりに関しては、琉球経路説、朝鮮半島説とありますが、有力なのは琉球経路説のようです。
14世紀ごろに東南アジアから琉球へと伝わり、それが九州〜本州へと伝わったという説です。
そして、少なくとも16世紀頃には、国内で焼酎が造られていた事が確認できています。
1549年、日本に上陸したフランシスコ・ザビエルは、当時の日本人が焼酎を飲んでいたと記録に残しています。
また、1559年に宮大工が鹿児島県の神社を補修した際、「ここの主は焼酎も出さないケチな人だ」という落書きを残していた事が発見されたのです。
ちなみに、これが「焼酎」という言葉が残されていてる、1番古い記録です。
この時代には、まだサツマイモが伝わっていなかったので、米焼酎であったと推測されています。
江戸の末期までの焼酎は、単式蒸留機を使って製造されており、現在の酒税法上で「乙種」に分類されるものでした。
明治時代に入ると、イギリスから連続式蒸留機が輸入され、大量に純度の高いアルコールが生産できるようになりました。
これに加水したものが、昔からの「旧式焼酎」に対して「新式焼酎」と呼ばれて広まりました。
その後の法整備で、単式蒸留機を使った旧式焼酎を「焼酎乙種」、連続式蒸留機を使った新式焼酎を「焼酎甲種」として分類しています。